「落語」35号(弘文出版) 掲載 - 古典を“旬”の物語に仕上げる新鮮なセンス

落語35号

春風亭正朝は、その様子の良さもひっくるめて今の落語家の中では最も現代性に満ちた高座を繰り広げる一人である。まず、口跡に若さと新鮮さ、スピードとセンスの良さが現れている。だから『目黒のさんま』でさえも新しく、旬の一席のように聞こえる。


マクラの現代性も見逃せない。車などの楽しいクスグリ噺から馬へ、殿様へとトントンと運ぶ導入部。そこから腹の減った殿様が、いかにして農家で焼く魚の臭いに魅せられ、周囲のハラハラ状況を尻目に、さんまにありつくかが活写されていくのだが、よく知られている内容が、一向にマンネリに堕さず、笑いとともに新鮮に、楽しく受け取られるのはひとえに演者・正朝が新鮮そのものだからに他ならない。

だから、正朝の『初天神』や『祇園祭』などは、正朝自身のモダニズムもあって、他の演者のそれとは一味も二味も異なる。落語にとって、この、いかに古典を“旬”の物語のように楽しく、面白く、しかもリアリティーを伴なって再生、再構築するかは、とても大切な要素であろう。そのことを踏まえずに、いかに達者に、器用に演じようと、それは習作高座に過ぎない。近年の若手たちの多くが陥っている自家撞着と、ベテランたちのマンネリズムの原因が、ここにある。

正朝は、私生活や趣味の上でも、非常に現代人だ。例えばファッション・センスなども抜群で、話題もサッカーから流行物まで実に幅広い。だから、若い女性ファンもしっかりとついている。だが、どこかでやはり根っからの落語家で、一つヘソを曲げれば梃(てこ)でも動かない頑固さを持ってもいる。筆者にはそれは、とてもいい事のように思われるが、時には誤解を呼ぶこともあったのではないだろうか。

ともかくも、そんな資質もあって、一時期は才に走るというか、笑いの組み立てに“計算”がチラリと見えたりする時もあったのだが、ここ数年は「俺はやっぱり落語が好き」というところへ至っているようで、その“開き直り”が高座に、新鮮さと現代性などに加えての一層の演目の“深まり”を与えている。
(花井伸夫)

 

「落語」35号 弘文出版 1995年11月25日発行 「この人この芸この噺」42ページより
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