正朝の笑止千万 その6 「ゲキを飛ばす」

※笑止千万:はなはだ気の毒なこと。また、たいそう笑うべきこと。広辞苑より

 

日本語の正義の味方、噺家春風亭正朝が続ける「あきれた日本語」との戦いも、6回目を迎えた。ネタはまだまだ尽きない。いや、それどころか前にも増し て、あとからあとから、まるで地球征服を狙うエイリアンのように、どこからともなく忍び寄ってきては、日本人の「言の葉」を侵略している。「あきれた日本 語」は、チマタにあふれ返っているのである。全く、嘆かわしい限りだ。私の心が安らぐ日は、永遠に来ないのかもしれない・・・。

さて、今回私が戦いを挑むのは、スポーツ放送の実況中継などでよく使われる言葉「檄を飛ばす」についてである。野球の実況中継で、ピンチに立った投手の 元へ監督が駆け寄り、気合を入れる時に必ずと言ってよいほどアナウンサーはこう言う「監督がゲキを飛ばしています」。また、サッカーの放送では「試合前 ロッカールームで、監督が選手達にかなり激しい調子で、ゲキを飛ばしていました」などと、ぬかしている。

さらに、スポーツ新聞などでも、この表記はよく見る。「堀内監督が清原番長に猛ゲキを飛ばす」「ジーコ監督、国内組にゲキ!」などである。

はっきり言って、この使い方は、間違いだ。


例によって、パソコン購入のおり、オマケについてきた広辞苑第四版CD-ROMマルチメディア版を調べてみる。

げき【檄】

〓昔の中国の徴召または説諭の文書。木札に書いたという。めしぶみ。さとしぶみ。

〓敵の罪悪などを挙げ、自分の信義を述べて、衆人に告げる文書。ふれぶみ。「—文」「—書」

→〓—を飛ばす

つまり「檄」とは、文書の事である。「字で書いた物」を指すのだ。「檄文」という言葉もある。従って「檄を飛ばす」とは、手紙など「書いた文書を(遠方の人に)送る」という意味なのである。決して「話して伝える」、要するに「しゃべる」ことではないのだ。


ここで思い出すのが、学生時代のキャンパス風景だ。私が大学生活を送ったのは、70年代前半である。70年安保闘争も終わり、浅間山荘事件も解決し、全 共闘の嵐がそろそろ終焉を迎えようとしていた頃だ。「学生運動」という言葉がまだ微かに意味を持っていた時代である。キャンパスの中を、ヘルメットをかぶ りタオルで顔を隠した「活動家」達が、闊歩していた。学生会館の前には、大きな立て看板が立てかけられ、独特の書体でメッセージが書いてあった。その中身 は「成田闘争」だったり「狭山差別裁判」だったりしたのを記憶している。内容は・・・、読んでないので全く覚えていない。私はと言えば落研に没頭し、必死 で圓生師匠の「妾馬」や文楽師匠の「愛宕山」のテープを聞いて覚えていた。いわゆるノンポリ学生というやつである。ああ、これも懐かしい言葉だ。

その立て看板の一番最初に大きく一文字、「檄!」と書いてあった。これこそが正しい使い方である。文章なのだから。読むものなのだから。広辞苑の言う「自分の信義を述べて、衆人に告げる文書」まさに、そのものである。当時の学生は、かしこかった。


では、なぜスポーツの実況中継でアナウンサーが使ったり、スポーツ新聞に書かれたりといった誤用が生まれたのだろう。例によって私なりに推察してみる。

まず第一に考えられるのは「激励する」と混同したのではないか、という推測である。面と向かって励ます事を、叱咤激励すると言う。この場合、ゲキの字は サンズイの激である。対して「檄を飛ばす」のゲキは木ヘンである。字は全く違うのだが、音からきた混同ではないかと思う。「激励する」=「檄を飛ばす」と なったのではないだろうか。

第二に、その激励の激は訓読みで「はげしい」となる。激しい調子の言葉を浴びせかけるイメージが「激=檄」と重なって、転用されるようになったのではないかと考える。賢明なる諸兄姉、いかがであろうか?我ながら惚れ惚れする見事な推論である。


最後に、もう一度広辞苑CD-ROM版を確認してみる。改めて「檄を飛ばす」で検索してみた。

○ 檄を飛ばす=考えや主張を広く人々に知らせて同意を求める。また、元気のない者に刺激を与えて活気づける。


「えっっっっ!!!おいおい、またかよ?!」

せっかくここまで書いてきて、それもかなり得意満面になりながら・・・、ウンチクをひけらかして。それが、またも大どんでん返しか?!

「手紙で」とか「文書で」などとは、一言も書いてないではないか!オー、マイ、ガッ!

なんてこったい!これじゃ、この連載の第2回「付き人」と「付け人」。第3回「ごねる」と「ごてる」と同じじゃないか。結局、結論は「どっちでもいい」という事なのか。

いや、今回はもっと恥ずかしいぞ。私の展開してきた論が、全否定されたようなものだ。「檄を飛ばす」は言葉で伝えるのも、アリなのか?そんなバカな話があるものか。


そうか、この「檄を飛ばす」もまた、誤用が誤用でなくなり、今、正しい日本語として認知されてしまったのかもしれない。私の頭の中は、ますます混乱してゆくばかりである。


こうなったら、広辞苑さえ信じられない。誰か、いえ、どなたか・・・、教えてください。ウェブという世界中に開かれたメディアを通してのお願いです。「檄を飛ばす」は、一体どうなっているのでしょうか?私は、すっかり自信喪失してしましました。

迷える子羊を救ってください。お願いします。引き続き、私生活絶不調の春風亭正朝。

春風亭正朝

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