正朝の笑止千万 その7 「目線ってなんだよ?」

※笑止千万:はなはだ気の毒なこと。また、たいそう笑うべきこと。広辞苑より

 

ある業界だけで使われていた言葉「符牒(ふちょう)」が、世間一般に認知され、広く使われるようになるというのは、よくある事である。例えば、すし屋の 符牒などは、その典型だ。「上がり=お茶」「しゃり=お米のご飯」「がり=しょうが」「おあいそ=勘定をする」などである。これらは元々、店で働く者同士 が客に悟られないために、自分たちだけの隠語として使っていたものだ。それが広く知られてしまい、一般のお客さんまでもが、使うようになった。まことに嘆 かわしいことである。

最初は、ごく親しくなった常連がその符牒を知ったのであろう。知ったら使いたくなるのが人情だ。そこには「俺は詳しいんだぞ。よく知ってるんだぞ。これ ほどの常連なんだ」という優越感が見える。また、店の人との仲間意識、一体感みたいなモノを感じる事もできる。やがてそれらの言葉は、多くの人が知るとこ ろとなり、しまいには「一般名詞」と化し、符牒の意味を持たなくなった。私は、すし屋に行っても、こういう言葉は使わない。そんなこと、恥ずかしくって言 えるかい!それが客の見識というものだろう。


「お茶ください」「ご飯少なめにしてちょうだい」「勘定お願いします」でいいじゃないか。

「上がりちょうだい」「しゃり、少なめにね」「おあいそして」なんて、客が言ってどうするんだ。ああ、いやだいやだ。


我々寄席の世界にも符牒はある。あるが、ここでは教えない。そんなモノ、世間一般の人に知らしめるのは、野暮(やぼ)というものだ。ところが最近、我々 の符牒も、広く世の中に出て行っているようだ。いやいや、「最近」ではないかもしれない。もうかなり以前から、ずい分流通しているらしい。

一つだけ例を上げると、すっかり定着してしまったのが「マジ」と「シャレ」である。私が入門した昭和50年当時(今から30年ほど前)、この二つの言葉 は、確実に芸人だけの言葉だった。楽屋の仲間内だけしか、聞く事はなかった。それが最近では、多くの若い人が平気で使っている。ややもすると、かなり年配 の人も使っているようだ。これまた、嘆かわしいことである。

それこそ「マジかよ!?シャレになんねえな」ってなモンだ。こんなセリフ、芸人同士しか使わなかったぞ。シロウトさんが、こういう言葉を使ってはいけないのである。


そうした中、映画や演劇や写真撮影の現場などで使われていた芸能界の言葉に「目線」というのがある。役者やモデルの「見る目の方向」のことを言う。演技やポーズの指導をする時に使う言葉だ。

「目線、もう少し上にください」とか「カメラ目線でお願いします」などと使う。

本来は「視線」が正しい日本語である。そんな事は百も承知だ。しかし、舞台や撮影の現場で遠くから指示するのに「シセン」では、摩擦音の「シ」と「セ」 が重なり、さらに「ン」と続いては、発音しづらいし、また聞き取りにくい。そこで破裂音の「メ」に「セン」と言えば、分かりやすいので、そういう言わば 「造語」を作ったのである。繰り返すが「視線」が正しい日本語だという事は、承知して使っていたのである。芸界だけで使う言葉なんだから・・・。


ところが、この「目線」が一人歩きを始めた。今や「視線」にとって代わってしまった感さえある。一般新聞の大見出し(おおみだし)を飾った時には、さすがに怒りを覚えた。

「常に弱者の目線で行政を・・・」「ユーザーの目線で製品づくりを・・・」「子供と同じ目線の高さで物を見る・・・」だと!

「何をぬかしやがる!」と、叫んでしまった。せめて新聞社くらいは、正しい日本語を使ってくれよ、と言いたくなる。上記はすべて「視線」でなくてはいけないのだ。

へ理屈をつけるなら「目の線って、なんだよ?」って言ってやろう。

「プライバシー保護のため」とかなんとか言って、目の部分に黒い線を入れている写真がある。あれこそが「目線」じゃないか?だって「目の線」だもの。

この一文に文句があるなら出て来て言ってみろ。「目線」を貼り付けないで、素顔をさらして、出て来い!俺は逃げちゃうから。

春風亭正朝

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