正朝の笑止千万 その9 「七人の侍と七年目の浮気」

※笑止千万:はなはだ気の毒なこと。また、たいそう笑うべきこと。広辞苑より

  日本語の乱れを深く憂いつつ、日夜戦い続けている私だが、今回は「数字の読みかた」について考えてみたい。
発端は、これまた「テレビから流れてくる声」だった。「○○さんのナナカイキ」というナレーションが、私の耳に飛び込んできた。一瞬「?」と思ったが、 すぐに七回忌の事だと理解できた。これはおかしいだろう!私の感覚からすると絶対に「シチカイキ」である。それから注意して聞いていると、本来「シチ」と 発音すべきところを「ナナ」と言っているのが非常に多いことに気がついた。「ナナニンの仲間達」「開業してナナネンメを迎える」「ナナダイメ襲名」等々で ある。こう連発されると、またまた私の腹の虫が、ムクムクムクと怒りの膨張を始めた。超人ハルクみたいだ!「ごらーっ!違うだろー!」って。 

読者の皆さんは、どうお思いになっただろうか。「七回忌・ナナカイキ」「七人・ナナニン」「七年・ナナネン」「七代目・ナナダイメ」で違和感がないのかしら。それが普通の読みとお思いか。それとも、ヘンだなと感じただろうか。

私は、やはりこれは間違いだと思う。少なくとも私の耳の底には、上記はすべて「シチ」という音が刷り込まれている。黒澤明監督の名画「七人の侍」を「ナナ ニンのさむらい」というか?そのリニューアル「荒野の七人」は「こうやのななにん」か?ディズニーの童話「白雪姫と七人の小人」を「ナナニンのこびと」と 読むのか。マリリンモンローの有名な映画「七年目の浮気」は、「シチネンメ」だろう。寺島しのぶのお父さんは「七代目尾上菊五郎」である。これ は「シチダイメ」という。 

そこで、考えてみた。「シチ」を「ナナ」と読むようになったのは、最近のことである。これは、本来「シチ」と発音すべきところを「ナナ」と言い換えるよう に、今まさに転換している真っ最中なのだ。そう、日本語が変わろうとしているちょうど歴史の転換期に、我々は直面しているのである。これは、いくら抵抗し ようとしても止まらない歴史の必然なのだろうか。 

同じように、変化しつつあるのが「四」である。「シ」から「ヨ(ヨン)」へ、かなりの勢いで流れている。これは「シチ」から「ナナ」へよりも数段階先へ、 病状は進行している。昔は「シ」と言ったものが「ヨン」と変わって、すっかり市民権を得てしまっているのだ。例をあげるならば「四本」は、昔は「シホン」 と言うのが一般的だった。砂糖を四本使って作ったから「シホンケーキ」と言う。あっ、いや、これは冗談。失礼しました。

今ではほとんどの人が「四本」は「ヨンホン」と言うだろう。

落語では、いまだに「シ」が生き残っている。「子ほめ」の中で年齢の話になって、

「番頭さん本当は四十五でしょう」

「およしよ、私は四十だよ」

という場面があるが、これはいずれもそれぞれ「シジュウゴ」「シジュウ」と言う。決して「ヨンジュウ」とか「ヨンジュウゴ」とは言わない。

また私が、亡くなった志ん朝師匠から稽古をしていただいた「黄金餅」では、葬式の値段を交渉する場面で

「百ヶ日仕切りで、いくらでやってくれるね?」

「そうだな、天保銭六枚ってところだな」

「そら高いよ。四枚にまけなよ」

というセリフが出てくるが、志ん朝師匠は「四枚」を「シマイ」と言っていたので、私も倣って「シマイ」と発音している。発音というほど大袈裟なモンじゃないが…。

これは一般的には「ヨンマイ」だろう。日常会話では間違いなく「シマイ」とは言わない。四枚は「ヨンマイ」だ。しかし、古典落語では「シマイ」と言う。昔の日本人は、確実にそう言っていたのである。

古典落語の伝承は、口伝(くでん)である。師匠から弟子へ、先輩から後輩へ、口伝え(くちづたえ)で教え、教わり、そのまた次の世代へと、継承されてゆく。台本やノートなどを、読んで覚えるモノではないのだ。

落語の稽古は、師匠と弟子が面と向かって、膝つきあって正座して行なう。師匠は、本番と同じように(時には本番以上に)丁寧に、一席演じる。弟子は、それ をほぼ一言一句忠実に覚える。覚えたら、今度は逆に師匠に聞いてもらう。色々ダメ出しをしてもらって、許可が出たら高座にかけて良い、とい段取りを踏むの である。

江戸から明治、大正、昭和、平成と、かなり細部に渡って忠実に語り継がれてきたのが、古典落語である。従って、古い言い回しとか、文献や書籍では分からなくなってしまった「読みかた」や「発音」が落語の世界には、生き残っているのだ。

これから先、四が「ヨ(ヨン)」になり、七が「ナナ」になりきってしまったら、古典落語はどうなるのだろうか。若い噺家に聞いてみたい気がする。

では、読者の皆さんに聞いてみよう。落語「皿屋敷」で、お菊さんが皿の数を数えるシーンは有名だが、その数え方はどうだっただろう?「いちまい」「にまい」「さんまい」「○まい」「ごまい」「ろくまい」「○○まい」「はちまい」「○まい」

お分かりだろうか。これは、「しまい」「しちまい」「くまい」が正しい。

最後にクイズを一つ。江戸弁では「四百両」を「ヨンヒャクリョウ」とは言わない。これは「シヒャクリョウ(シシャクリョウと聞こえるかもしれない)」であ る。では「七百両」はなんと発音するのだろうか?正解は次回発表しよう。テレビの時代劇でも間違えていたくらいだから、相当難易度の高い問題である。健闘 を祈る。  

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